プロフィール of 五十嵐 桂一 後援会


撮影者不明)


(撮影者 ZERO 妻)

現在47歳 妻と小、中学生の女の子が2人

昭和38年1月10日 札幌市西区手稲(当時)にて出生。
昭和41年、千歳市清水町1丁目(現在も同じ)に引っ越しました。
千歳小学生、千歳中学校、札幌月寒高校を卒業後、大学進学のため、神奈川県座間市で一人暮らしをスタート。大学の専攻は工学部の航空宇宙学科。小さい頃から飛行機を見続け、アポロが月に行った映像を脳裏に強烈に焼き付けている世代です。火星に向かうロケットの3次元軌道解析が卒論のテーマでした。
 20歳からは「放送作家」の道を目指し、大学に通いながらNHKで仕事をはじめました。その後テレビ朝日、ニッポン放送、TBS等からお仕事をいただき、フリーの放送作家として東京で仕事をしておりました。父の病気に伴い25歳からは、しばらく千歳と東京を毎週往復しながら生活をしていました。26歳からは現在、代表取締役をつとめる白光舎にてホテルリネンを主な生業としてきました。平成20年9月に子会社メビウスを立ち上げ、障がい者の職場の確保と地域に密着した生活を築く為に日夜励んでおります。

お笑い芸人

 大学在学中は「落語研究部」に所属。夏休みと春休みは国鉄(当時)の周遊券を利用して全国の老人ホームを慰問しました。学園祭で同級生とたまたま演じた漫才がテレビ朝日のプロデューサーに認められ「テレビ演芸」に出演、横山やすし師匠、大島渚監督、糸井重里さんらに鍛えられました(このページ一番下のYouTubeに当時の映像が有ります)。太田プロか吉本興行か選びなさい、そうすれば深夜のレギュラー番組を用意するとテレビ朝日から勧められましたが、大学中退がタレントになる条件だったのでキッパリと断り「放送作家」の道を進みました。もし、タレントになっていたら、今頃どうなっていた事でしょう?

趣味に生きる

 北海道に戻って来てからは、大好きだった「落語」「演劇」はあまり見る事が出来なくなりましたが、新たに始めたゴルフにすっかりハマりました。一番上の写真は、ゴルフの聖地St.Andrewsに貧乏旅行した時のものです。また、いつか千歳に映画館を、と思っていましたが自宅のDVDシアターが精一杯です。車の趣味もしばし休憩中、その内70年代の2シーターを綺麗にレストアするのが夢です(サーキットの狼世代)。ここ10年ぐらいは安チケットを握りしめ、海外(ほとんどアジア)に行くのを楽しみにしています。

なんとか当選

 初挑戦になった2009年の市会議員選挙では皆様のお陰を持ちまして無事当選する事が出来ました。街頭演説デビューでは、衆議院議員の町村先生、山口幸太郎市長に一緒に演説をいただき感動しました。当選後は議会ルールに少々戸惑いましたが、今までにいないタイプの市会議員を目指して日夜奮闘中です。引き続き応援お願いします!